また、「一級建築士制度を考える」の連載で不足していた内容についてです。。
耐震偽装事件の発端になった原因の背景になにがあるのか?については、連載でもいろいろと書きました。ですが、そもそも構造設計者そのものにはどのような問題があるのか?についても書かないと責任転嫁のように見えてしまいますよね。
自分の専門ということで書きにくいこともいろいろありますが(笑)、ちゃんと書きますよ!
構造設計者に対するイメージは、見事にA氏が作り上げた部分があります。
職業を説明するのに、「A氏のあれです」というと大抵の人は「なるほどねぇ〜」とうなずきます(笑)。
便利やら、情けないやら、複雑な心境です。。
構造設計者は、縁の下の力持ち的存在で表舞台にはなかなか登場しません(でした)。
なので、建築家に比べれば地味だし、地味な分若者達から見れば魅力の少ない存在でしょう。
なぜ、構造設計者は表舞台には出ないのでしょう?
個人的には出ればいいのにと思いますが、表舞台に出ることを好まない人達が多いような気がします。
一般的に、
建築家=目立ちたがり屋
構造家=控え目
な場合が多いと思います。
建築に限らず、これはどの業種でもエンジニアそのものの特性のような気がします。
以前、NHK?のロボットの開発ドキュメント番組を見たときも、そのように感じました。
番組に呼ばれたロボットの外観をデザインしたデザイナーが、司会の二人にVTRを見ながらロボットの開発経緯を説明するような番組でした。その番組で実際にロボットを設計したエンジニアが映ったのは数十秒で、あとはデザイナーが技術的な部分まで話をするのです。
わたしは、この番組を見て、
「このエンジニアはこれで満足なのか?」と思いました。
番組を見た人は、きっとロボット開発の功績の大半を、番組で説明していたデザイナーの功績と思うはずなのに。。
控えめなエンジニアの特性を示す良い例だと思います。
構造設計者についても、このことはとてもよく当てはまると思います。
構造設計者が控え目なのには、理由があると思われます。以下に理由を書いていきます。
1.構造設計者の大半は難しいことを簡単に説明する能力に欠けるから。
なぜなら、難しいスキルを身につけるために努力してきたので、自分の商売道具を簡単な言葉である意味安売りしてしまうのような発言ができないのだと思います。なので、難しいことをより一層難しくしてしまうように話すエンジニアも少なくないと思われます。
目立ちたがり屋の構造設計者もいると思いますが、専門家にしか分からない話をメディアで長々とされても困りますよね。敬遠されるのは、当然です。
つまり、構造設計者の興味(極めて専門性の高いこと)と、世間の興味のギャップがあるのを知っているので、「表舞台で話しても意味がない」、「分かる人だけ分かればいい」となっているように思います。
当然ながら、簡単に話すことも限界がありますが、世間から乖離した世界で居心地が良いと感じる人達が多いのは事実だと思っています。
2.これまでの建築士法では、構造設計者に最終的な責任が至ることは法律上なかったから。
このような制度上の問題も大きいと思います。構造設計者は、これまでは無資格で行えた仕事です。建物の規模によらず、ある意味誰でも構造設計できたのです。なので、構造設計者には、一級建築士を取得する意欲のない人も少なくありません(パソコン性能の発達によって、構造計算ソフトも使いやすくなり、ソフトを覚えれば構造設計ができるという風潮があるのも問題です)。とは言っても、資格とエンジニアリングは比例しませんので、無資格でも高いスキルを持った方も多いのは事実です。
ただ、資格の意義をもっと考えるべきではないかと個人的に思います。
資格を持たなければ、法律上は最終責任は元請け(大部分は意匠設計事務所の建築家など)が取ることになります。エンジニアとしてプライドがあるのならば、法律上も責任を問われる有資格者となるべきだと思うのです。責任を問われる立場になれば、当然ながら責任を取れる仕事を選別する必要が生じます。それが、重要だと思います。以前ブログでも書いたように、下請け業務から脱却するための最低条件だと思います。
3.怖さに打ち勝つ勇気がないから。
これは、自分に言い聞かせる部分でもあります(汗)。。
構造設計という仕事を始めた当初はとにかく何もかもが怖いです。
「この床落ちてこないかな・・・」
「この柱つぶれないかな・・・」
「地震がきても壊れないかな・・・」
などなど
初めて手がけた建物が竣工してから、しばらく夜寝付けない日々が続くほどでした。
これは、モノの性能を数字的に知っているから怖くなるのです。構造設計は基準に従ってある前提で設計を行うので、その前提を超えたことが起これば壊れることも有り得るからです。
そこで、登場するのが建築家(デザイナー)の存在です。
建築家は良い意味でも、悪い意味でも知らないのです。
知らないから、奇抜なデザインを簡単に提案してきます。素晴らしい建築家は、構造設計者が怖がっているのを知って、「大丈夫!やってみようよ!」と私たちの背中を「ポンッ」と押してくれる方もいます。そうすることで、構造設計者がまた一つ成長できるという部分も多々あります。
要は、怖さを知りながらも限界を設けずに自分でチャレンジしていけるだけの素養を身につける必要があると思っています。そうしないと、いつまでも現在の地位に甘んじることになるからです。
4.建築が好きではない人が多いから。
これは、嘘みたいですが結構多いです。
建築設計の分業制が常識となったためこのような状態になっているのだと思います。たしかに、現状は構造設計業務に特化すれば、建築が好きじゃなくてもこなすことはできると思います。ただ、それではあまりにも寂しいですよね。。わざわざ給料の安い仕事を選んだのに、夢までない人が多いとしたら業界の評価が下がるのは当然です。
建築は好きだけど技術のないデザイナー。
建築は興味ないけど技術のあるエンジニア。
こんなちぐはぐなバランスがぎりぎりのところで取れてしまっているのが現状の建築業界だと思います。
わたしは、どちらかというと前者に可能性を感じます。本当に「好きこそものの上手なれ」だと思うからです。まぁ、わたし自身も勉強中なので前者にはいるのかもしれないですね(笑)。
以上です。
最後に、以前JSCAで行われたセミナーで某有名デベロッパーで話題の建物の構造設計を担当した方の講演を聞きました。以下は、その方のお話の一部です。
「まぁ、会社からお給料をもらいながら、面白い形態のエンジニアリングにチャレンジできるのって楽しいですし、得だと思いますね。ラッキーってかんじです(笑)。・・・」
わたしは、この講演者に対して本気で文句を言ってやろうと思いました。が、講演会が終了時間を過ぎても終わらなくて、次の予定があったので中座してしまいましたが。。
こんな人達が現在の構造設計者のトップ扱いされているからダメなんです。本当にがっかりしました。
構造設計者にも改善するべき部分は多いと思っています。
偉そうなことを言った手前、わたしも有言実行するべく努力していくつもりです!




拝見しました。
「まぁ、会社からお給料をもらいながら、面白い形態のエンジニアリングにチャレンジできるのって楽しいですし、得だと思いますね。ラッキーってかんじです(笑)。・・・」
おそらく今の構造屋さんのほとんどがこのタイプだと思います。僕は彼らを自己満足型構造技術者と呼んでます。優秀な方が多いです。勤勉でまじめな方も多い。
そしてこういう人しか続かない環境が現実としてあったと思います。それは収入も社会的評価も。今後変わっていくかもしれませんが。
私自身自己満足だけではとてもモチベーションが続かないので、いろいろと努力しています。自己満足だけのために仕事をするのではなくて
自分が誰かの役にたっていることを感じられる工夫。起業やブログもその一つかもしれません。
また遊びにきます。
コメントありがとうございます。
そうですね。たしかに優秀な方が多いと思います。大手デベロッパーの設計部だとお給料も良いのでしょう。そして、建築家にとって都合のよい存在であることも間違いありません。
自己満足型構造技術者が大多数だと、今後の大きな変革は難しいのかもしれません。そもそも、現状に満足しているのですから。。
わたしには到底理解できないので、田中さん同様にチャレンジしていきたいと思います。
拝見いたしました。
構造設計者はきちんと、前に出るべきです。目立つとかそういった意味ではなく、この建築の構造設計をしたのは○○です。というのは必要ではないでしょうか?責任の所在ははっきりすべきだと思います。
意匠設計者(建築家)は、私も含めて、構造には非常に弱いです。構造設計者の協力なくしては建築は成り立ちません。
構造設計は意匠設計の下請けなんかでは決してないと思います。
コメントありがとうございます。
下請けという意味合いが、社会的には良いイメージではないですよね。金銭的な話で言えば、現状は構造設計者は下請けです。
なので、いろいろと諸問題が生じます。構造設計という仕事の重要性が社会的に認知されれば、必然的に下請けであることは良くないと思っています。金銭的にも独立する必要性を感じています。クライアントに直接構造設計者を選んでもらえば良いのです。
そうすると、知名度のある大手ゼネコン、大手設計事務所、大手デベロッパーなどの構造設計者が有利になると思います。
最初はそれで良いと思います。ただ、だからこそ、大手の構造設計者にもっと構造設計者として手本となるような自覚を持ってもらいたいと強く感じます。JSCAの講演者のような設計者が構造設計者の代名詞になるようなのであれば、構造設計の未来はありません!
最後は余談になりました。。