今回は、連載の最終回です。前回までに、一級建築士制度を取り巻く問題点について経験を踏まえて私見を書いてきました(バックナンバーはこちらから)。夢いっぱいに飛び込んだ建築設計(わたしはまず構造設計を選択しましたが)という業界で待っていたのは、残念ながら理不尽、矛盾、非効率、などによる失望が少なくありませんでした。だからといって、建築を捨ててIT業界に転職する気はありません(笑)。それは、残された希望にまだまだ夢を実現できる可能性があると信じているからです。
というわけで、今回は最終回として建築設計という仕事を子供達が夢見るような仕事にするためにこれからどうしていけば良いのか?ということについて書いていきたいと思います。
「一級建築士制度を考える」
最終回.建築設計を夢のある仕事にするための提案
子供は正直です。
ときに残酷なほど、正直です。個人差はありますが、自分の発言を気にするような世間体が身に付くのは小学校の高学年くらいからでしょうか。ここでいう子供とは、世間体を身につける前の良くも悪くも真っ白な心を持った子供達を意味します。
子供達にとって、将来とはなんでしょうか?
わたしの子供の頃を思い出すと、、まじめに将来を考えたことなんか一度もなかったと思います。ある意味、毎日が必死だったと思います。笑うこと、泣くこと、怒ること、嬉しいことなど感情のすべてに手抜きせずに表現していました。
目で見たもの、手で触ったものに興味をもって、好き、嫌いを自分なりに区別して、好きなものを発見していたと思います。そして、小学校を卒業する直前くらいになって学校の先生から「将来なりたい人」について作文を書きなさいと言われて、キョトンとしながら「将来?・・・かぁ・・」とはじめて真面目に考えたような気がします。将来何になりたいか??悩んだ挙句、わたしは「プロ野球の選手」と書いた記憶があります。野球は下手くそだったのですが、テレビで見てかっこいいと思いましたし、お金持ちになれると思いましたし、アニメの「タッチ」や「ナイン」の影響もありました(笑)。
プロ野球の選手になりたいという答えに至るまでに、子供の頃から蓄積された「好き」という要素(「かっこいい」、「お金持ち」など)と合致したのがプロ野球だったのかもしれません。。
野球よりもサッカーのほうが好きだったのに(キャプテン翼の影響です・・)、当時Jリーグなるものはなかったためか、プロサッカー選手と書かないあたりが結構現実的な子供だったんだなぁと思います(笑)。
余談が長くなりましたが、
つまり、子供の「好き」を作る要素がいくつあるのかということが魅力ある仕事であるかどうかを判断するうえで重要だと思うのです。
そこで、建築設計について考えてみましょう。
子供達にとって「好き」と成り得る要素としては、
・家をつくる
・絵を描く
・かっこいい(場合によりますが)
・テレビにでれる(最近の人気番組などを見て)
くらいでしょうか?
では、「嫌い」に成り得る要素としては、、これは分からないかなと思います。
ただ、親が建築設計をしている子供達を例に考えてみると、
・帰りが遅い(勤めている場合)
・遊んでくれない(自営の場合)
・貧乏
などは、子供からも声があがる気がします。
他にもあればご意見お願いします。
どうでしょうか?子供の頃に建築設計を夢みることができると思いますか?
まぁ、無理でしょう。。
プロ野球、Jリーガー、歌手、役者、など将来の夢の代名詞となっているような仕事と比べればかなり色褪せて見えます。
自分の職業でもありながらこんなことを書くのはなんですが、、現在の建築設計には魅力がないと思います。当然ながら、設計を経験すると面白くて、やり甲斐のある仕事だと気づくのですが、それではだめです。子供達が注目する何かがなければ現在の業界を変えることは永久にできません。
魅力不足の根本的な問題は、制度を含めた業界のこれまでの体質にあると思います。
ですが、これらを来年から変えましょうというのは現実的ではありません。時間がかなりかかるでしょう。なので、変え方を間違えないようにしたいんです。
子供が夢見るような仕事として定着させるための要素を地道に付け足していくことが大事だと思います。
そこで、現在一番不足しているものは何か?
それは、「報酬」だと思います。つまり、収入が低すぎるんです。
わたし自身も経験してきたことですし、周りの同業者を見れば他業種との差は歴然としています。
少ない報酬ながら、好きだから、楽しいからということで長時間の労働をしているのは業界の常識となっています。これは、良いことですか?
わたしは、絶対に良くないと思います。
仕事は、自分の能力に対する対価として報酬を得ます。
報酬が少ないということは、能力に対する評価が低いということです。また、それが業界の常識となっていてどうにもならないとすれば、業界全体の評価が低いということです。このような状態が長く続いた結果が、現在の建築業界です。人は、低い評価が続けば仕事もそれなりのものになっていくものです。
試しに2倍の報酬を義務付ける制度を作ったとしましょう。
恐らく、その報酬を喜んで受け取って仕事をしたとして、クライアントの満足を得られる設計者がどれだけいるでしょうか?報酬が上がる分、クライアントの目も厳しくなりより一層設計者の分別が進むはずです。建築士の人数を意味の分からない試験制度で人為的に操作するより、実は最も効率的な方法だと思っています。実際、報酬を2倍にしたところで、まだまだ子供達が夢見るような職業ではないというのが、現在の報酬のレベルだと思います。。
建築設計を業としていない方々からすれば、調子のいいことを言うなと怒られそうですが、、
わたしが見てきた、経験した現実として、
・大卒の給料が15万程度
・残業が月に200時間以上
・残業代はなし(または法律上40時間まで)
・給料どころか、研修料を支払う
・社会保険未加入
などなど
上記したような設計事務所は本当に山のようにたくさんあります。裾野の広い業界における末期的状態だと思います。若いうちは、このような不規則を競って自慢しあったりしてる状態です(苦笑)。
建築設計業界の特徴として、独立志向が強いということもあげられますが、それは上記したような待遇面での不満や終身雇用という安定を求められるような状態ではないからだと思います。建築系のSOHOが多いのはそういうためだと思われます。リクルートに入社した人が独立するのとは訳が違います。
報酬をあげることは難しいことでしょうか?
わたしは、現実的に簡単だと思います。問題は、これまでの既成概念だけです。
ここで、報酬の例をあげてみます。
例:2階建ての木造住宅を建てる場合
総工費:2000万円(設計料含む、土地は含まない)
設計料:総工費の10%(200万円)
工期:4ヶ月
設計期間:2ヶ月(基本設計含む)
設計外注割合:30〜40%(60〜80万円)
諸経費:10%(20万円)
設計売り上げ:100万円程度
・・・くらいかなと思います。
100万円ということは、2ヶ月の作業を30歳程度の設計者が一人で行えば年収に換算して500万程度になり平均レベルになりますが、現実的には一人で行うと次の仕事の営業などはできませんし、リスクが大きいので無理があります。
そこで、自分と同じレベルの設計者と共同すれば当然年収は300万弱になりますので、学生バイトやオープンデスクといった形での無償労働を募集したりしてまかなうのが一般的でしょう。それでも年収にすれば400万程度で平均年収ははるかに下回る状態になります。それでもきつくなれば、外注費を削る、諸経費を削る、などしてクオリティの低さを止むを得ないという状態になっていく訳です。
では、設計料がどの程度ならば適当なのでしょうか?
それは個人差がありますが、最低でも現状の1.5倍はないと難しいと思っています。
そうすると、クライアントは「冗談じゃない!」と怒るかもしれません。。
・・・でも必要なのです。
「冗談じゃない!」と言いたくなったらそれは言うべきです。そして、そう言わなくても済むような設計者を必死になって探してもらう必要があると思います。良い設計者であれば、現場効率を上げる等によって、イニシャルコストを取り返すことなど簡単にできます。
あと、個人的にはゼネコン、工務店に増分の半分は負担してもらっても良いと思っています。そうすれば、クライアントの負担は少なくできます。そうすると、ゼネコン、工務店からは「ふざけるな!」と言われるでしょう。。
・・・でも、ふざけてはいないのです。
今年の大手ゼネコン各社の決算は、わたしたち設計者の低収入とは反比例して増収増益でした。監理をした現場の現場所長などと話しをすると「大赤字ですよ。」と誰もが言いますが、実態はそうではありませんでした。工事現場での会計はまだまだ不透明です。また、下手な設計図を施工すれば現場での2度手間、3度手間が発生して実際は余計にコストがかかるものです。良い設計者に対して初期投資をするべきです。
建築設計という仕事は、当然ながら設計者が設計したものについて責任を負います。仮に、設計に瑕疵(ミス)があったまま、建物ができてしまって問題が生じればそれは設計者の責任となり、損害賠償問題となります。
しかし、上述したように設計者の報酬が少ないことから、現実的に設計者に損害賠償責任を負えるような資本面での体力は無いことが一般的です。なので、実際は設計ミスによる要因が大きくても施工ミスということになってゼネコンが損害を被ることが少なくありません。そうしないと、損害を被ったクライアントは賠償金を得ることができませんし、実際業界ではそれは暗黙の了解で、何か起きたときにはクライアントも資本面での体力のある方に責任を求めてきます。
ゼネコンも何か問題がおきれば、自分達が保障するのだから・・といったこれまでの経験からの暗黙の了解があると思います。これが悪循環の原因ではあると思いますが、現状の設計者のレベルから判断すれば止むを得ないと言わざるをえません。
(リスクマネージメントという概念による、建築に対する保険の導入も望まれますが、現在の制度上の問題点を解決しないと保険会社は参入してこないと思われます。。)
少ない報酬
↓
時間をかけられない
↓
設計ミスの確率大
↓
ゼネコン頼り
↓
設計者の地位低下
↓
・・・・
最悪の状態なわけです。。
以前、ブログでも取り上げましたが、ゼネコンの方々は設計者を年齢に関わらず「先生」と呼ぶ慣習があります。わたしも、入社間もない頃に始めて担当した現場で父親ほど年の離れた工事長から「先生」と敬語で呼ばれてました。
当時は、まったく「???」という感じで「先生はやめてください」とお願いしていました。当然ながら、経験豊かなゼネコン技術者の知識は尊敬に値します。それなのに、知識のない設計者に対しても「先生」と呼ばれるのは、どう考えてもおかしいですし、少々「おちょくられている?」ような印象さえありました。実際、馬鹿にする意味合いでそう呼ぶ方もたくさんいらっしゃいます。
「先生、我々の言うことをおとなしく聞いてくださいね!」とばかりに挑発的にものを言う現場所長さんも結構多いです。。その言葉の裏には、「お前らは、何かおきても何も保障しないんだから」という意味があると思います(多少、被害妄想もあるかもしれませんが・・)。現状の、建築業界での技術面での上下関係もよく表している悪い慣習だと思われます。
しかし、ゼネコン技術者の知識は、あくまでも自分達が施工してきた建物に関係する知識なので限定された知識が多いです。ゼネコン技術者は工期という使命を負って仕事をするので、朝から晩まで忙しすぎて自分の担当以外の勉強などしている余裕は無いはずです。しかし、設計者はそれではダメです。設計者は、勉強してあらゆる建物の種類にも豊富な知識を本来要求されているのです。ですが、現状はその勉強に投資するような余裕もありません。設計者は、技術面ではゼネコンを指示・監理する立場なのである意味「先生」なのですが、現状はその理想から程遠い状況となってしまっているのです。この状況を、設計者は傍観していてはダメなのです。設計者が本来の設計者の姿を取り戻すためにも、勉強をしていざ報酬があがったときにでも、勝ち残れるだけのスキルを身につける必要があると思います。
建築設計という業界は、仕事の量に対して、設計者が多すぎるというのも問題です。報酬を制度的に引き上げれば、裾野の広さは自然淘汰的に狭くなってくることは間違いないと思います。
ちなみに、日本のこの状況は、ハウスメーカーの存在が一般の設計者の仕事不足に拍車をかけているのも事実です。ハウスメーカーは量産できるので、設計に対するウェイトを極端に低くすることができますが、日本の都市景観を損なう要因を最も担ってきたのも事実だと思います。また、一時期設計料ゼロを宣伝文句にしているハウスメーカーが多くありましたが、これは工事金額に含まれてしまっているだけで、実際はそんなことはないのです。。
ここまでで、設計者の報酬を引きあげることが自己の利権に関わらず必要なことだと理解してもらえれば嬉しいです。。
これで、子供達が建築設計という仕事について「お金持ち!」とは思わないまでも、「貧乏。。」と思わないようにはしたいものです。。いずれは、建築設計=お金持ち!となるのが理想だとわたしは思います。
次に、建築設計の人気を上げるために何をすれば良いか?を考えます。
これは、メディアの協力が必要不可欠です。ですが、現在のメディアの建築に対する取り上げ方は、以前にブログで取り上げたように(こちらからどうぞ)、建築家に偏ったもので決して子供に夢を与えるようなものではありません。建築家のための、建築家によるメディアであって極めて商業的です。それでは、ダメです。メディアが子供達に夢を売るような仕組みに変わらなければいけません。
では、どうすればいいのか?
これは、まったくの私見ですが、、
わたしの場合、将来の夢と当時好きだったアニメ(漫画)の影響がとても強いので、日本が世界に誇るアニメーションを利用した建築のプロモーションが有効だと思います。
アニメの影響は、子供にとっては甚大です(大人になっても、アニメ志向の建築志望者が多いと困るのですが・・)。空を飛ぶヒーロー漫画が流行れば、子供達はどうにかして空を飛ぶために努力していくと思います。子供の頃に見るアニメは、夢を与えるためであれば、その内容が現実よりも誇張された表現をされていても許されると個人的に思います(大人向けのテレビ番組で誇張した表現や誤解を招く演出を行うのは一歩間違うと詐欺になってしまいます・・)。キャプテン翼もほとんど空飛んでましたしね(笑)。
連載の初回に書いたのですが、
リフォームの人気番組(現在は終了したようです)で、「そのときタクミは・・・」、「まぁ、なんということでしょう・・・」でおなじみの演出を子供向けのアニメにできたら面白いのにと以前から思っていました。そうすれば、本当にノコギリ片手に設計をするスーパー建築家が将来生まれるんじゃないかなぁと本気で思います。子供の持つポテンシャルは無限大ですし、真っ白な心と頭に、刷り込み(インプリンティング)をしてしまうと、見たもの、興味があるものを常識と認識する傾向があるからです。
アニメ発建築家へ!
日本ならではの発想で面白いと思うのですが、どうでしょう??
もちろん、アニメの場合は、面白いアニメを描いてくれる作家さんが建築に興味を示さなければならないので、その点では実現性の面では課題があります。
アニメよりは影響度が小さいとは思いますが、
もっと、現実的に子供達に建築に興味をもってもらうことも提案します。
それは、簡単なことです。
現場見学会を頻繁に開くことです。
これは、ゼネコン、工務店に是非協力してもらいたいことなんです。もし、わたしが監理する現場であればクライアントを説得して絶対に行いたいことです。1回や2回ではダメですし、完成時の見学だけなんて論外です(現在も完成時のオープンハウスという慣習がありますが、これも宣伝効果を狙う要素も強く商業的です。作る過程を見るほうが子供達にとってはよっぽど楽しいと思います)。
わたしも、小さい頃工事中の自分の家を親と見学しにいって、とても楽しかったのを覚えています。途中までしかできていない階段や、床がまだなくて下から見える2階の様子や、床下スペースがまだ見えていたりして、「隠れんぼ」したら楽しそうだし、何か秘密基地を連想させるものがありワクワクしたんです。
もちろん、現場見学会を行うことで工期は遅れます。
・・・でも、そのくらいのゆとりがあってもいいじゃないですか。。
商業主義のもの作りはいい加減終わりにして、ゆとりをこのような形で提供できたら素敵だと思います(いま流行りのLOHASの実践です)。少し譲歩すれば、一般にもクライアントの同意を得て公開する場合は多少の見学料を頂戴するようなやり方でもわたしは良いと思います(工事現場は少なからず危険なので、安全性を確保するための準備費用としては当然必要だと思います)。頻繁に人の目に触れることで、施工も丁寧になって手抜き工事なんてものも少なくなるのではないでしょうか。
かなり、長くなりました。やはり、2編に分けたほうが良かったかもしれません。。
まとめです。
建築設計を夢のある仕事にするために必要なこと、
それは
1.子供達が興味を持つ仕事にすること
2.制度で報酬を引き上げること(最低基準を設ける)
3.メディア(特にアニメ)とのコラボレーションを行うこと
4.現場見学を頻繁に行うこと
以上4点を、提案します。
「一級建築士制度を考える」といテーマについて、制度の根底にある建築業界の実態と問題点について経験や私見をもとに全7編書いてきました。
これまでこの連載を読んでくださった方々、ありがとうございました。
連載を通じて、テンポールの建築に対する思いもご理解頂けたのではないかと思います。
当社では、今後も理想の建築設計のあり方を追求しながら、設計業における働き方においても事業を通じて業界に貢献していきたいと思っています。
(まず、営業再開できるようにならなければ・・・)
「一級建築士制度を考える」
おわり